3/03/2018

おめでたいから。


今週は、仕事で執筆しないといけない記事の締め切りが3つもあり、毎日文章を書いていたから、ブログなんて書く気は全然なかった。

タイピングって、絶対人体に良くないと思うんだよね。
毎日パソコンをいじってタイピングしている人たちが、30年後、40年後、どんな姿勢担っているのかなと考えると非常に興味深い。

まあ、そんなことはどうでも良くて。
今日は、鳥肌が立ったことがあったので、書いておこうかなと思う。

金曜日、今週最後の1本の執筆がまだ残ってた。
電話での簡易取材をしないと書けない記事で、結構大変だったので、コツコツと進めていた。

突然、右後ろの方から、

バタバタバタバタ!

って音と、人の気配がして、びっくりした。

なんだよって思ってみたら、さっきお昼にうどんを一緒に食べた同期が、パソコンを抱えて、

みて!みて!

と言うので、

もしかして。と思って、開かれたページを読んでみた。

Congratulations! から始まるその文章は、とてもとても懐かしかった。

ああ、ついにやったんだな。
背中から、何かがこみ上げてきて、ぞわってした。

現実味が急には襲ってこなくて、理解をするのに数秒間を要した。
同期がついに、アメリカの大学院に合格した。

すぐに、おめでとう!と言ってハイタッチをして、第何志望?と聞いたら、第一志望だと。

同期と知り合ったのは、今の会社に勤め始めてからだから、たったの4ヶ月前。

実際に二人で話すようになったのはつい最近だ。
1ヶ月半くらい前かな。

仲良くなったきっかけは、ブログだった。
以前も書いたけど、同期は巷では地味に有名なブログをやっている。
興味本位で覗いたんだけど、ついつい過去記事をさかのぼって読んでしまうくらいには興味深いことが書かれていた。

それ以来、いろんな話をするようになった。
彼女はアメリカの大学を卒業しているので、私が知らないアメリカのことたくさん知ってる。

実を言うと、私はアメリカに対して良いイメージがなくて、本気で行ってみたいと思ったことがこれまでなかった。でも、彼女と話すようになって、アメリカドラマを見るようになって、ああ、私がアメリカという国、そして人に対して抱いていた感情は、よくある偏見と先入観だったんだなと気が付いた。

これは、行ってみないとダメだなって気が付いた。
自分がしたことのないことを批判するのは、私が一番嫌いなことで、でもついつい無意識にしちゃうことなんだよね。気をつけないとダメだ。

まあ、つまり彼女の影響で、アメリカに行ってみたいと思うようになった。
今となっては、彼女がニューヨークで勉強するだろうから、普通に会いに行くねっていう話に落ち着いたのだが。

で、なぜブログを書こうと思ったかというと、2つの理由がある。

一つは、やっぱり人は全力で何かを求めてそれに対して継続的な努力をすると、叶うというこを思い出した。
もう一つは、単純に、彼女に昔の自分を重ねてしまったからだ。自分が大学院に受かった時のことを思い出した。そして、いろんな想いを思い出した。それを、無性に書きたくなったから。

私は今、転職活動をしてる。正直、めちゃくちゃ大変だ。
月曜から金曜まで働いて、週に1〜2回はアルバイトでレストランのホールをしている。
それに加えて、平日の仕事後や土日に、企業に応募したり、ウェブテストを受けたり、志望動機を考えたり、面接準備をしたり、スーツに着替えて面接に行ったり。

ああ、辛いな。苦しいな。大変だな。って思ってた。
でも、彼女の今日の快挙をみて、うん、このまま頑張ろう。と思った。

彼女の合格は、結局人間は、死ぬ気で努力をすることができるくらい好きなもの、あるいは手に入れたいものを見つけた人が最強なんだよなということを思い出させてくれた。

これは二つ目の理由と被るけど、私にもそんな時期があった。
内定を一つも貰えないまま大学を卒業した私は、海外の大学院に行くという想いだけを持ってタイに行った。

それまでの私は、本気で何かが欲しくて、本気で努力をしたことがなかったから、
海外の大学院に行くんだと言って日本を飛び出したはいいけど、IELTSは5.0〜5.5
を行き来していたし、タイに行っても最初の数ヶ月は友達なんて一人もできなくて、毎日泣いてた。

周りが社会人1年目として大企業でキャリアを積んでいく中、私だけ語学学校生という肩書きで、英語もできない状況で。語学学校に通っていても、本当に英語をしゃべれるようになるのか、1年でIELTS7.0を取れるのか、本当に海外の大学院のオファーをもらえるのか、何もわからなくて。

IELTSで高得点を取っている人のブログを見ては、私は彼らのようになれない。
頭の作りが違うって言い訳を心の中でしていた。

毎日、真っ暗闇の中を崖に向かって歩いているような気分だった。私の人生は、お先真っ暗だな。ここから真っ逆さまに落ちていくのかな、なんて思ってた。

でも、そんな中で一つだけ何があっても続けたことがあった。
それは、当時行っていた語学学校のコースと語学学校を、一度もサボらなかったこと。

朝はブリティッシュカウンシルのIELTSコースに。
午後から夜までは、もう一つの語学学校であるウォールストリートに、それこそ毎日通った。

1週間の7日間、毎日9:00〜21:00まで、学校で英語の勉強をした。

出れる授業は全部出た。
授業がない時間は、ずっと英語の勉強をしてた。
IELTSの過去問を当時出ていた10冊弱、全て解いた。

日本にいた頃はいやだって逃げていたエッセイも、毎日書いた。
下手くそでもなんでもいいから、とにかく書き続けて、語学学校のいろんな先生のところに持って行った。

その時に、本気で協力してくれたのがロブだった。
ロブは、チェプストーに実家のあるイギリス人の先生。(今は兄のような存在になってる)

私がカーディフの大学院に行くって言ったら、カーディフから電車で40分のところにある実家にしばらくステイしていいよ、とお母さんを紹介してくれた人だ。イギリスで過ごした唯一のクリスマスは、ロブもイギリスに帰省していて、実家で俺の家族と一緒にクリスマスを過ごそうよって言ってくれた、後々すごくお世話になる人。

毎日忙しそうにしているロブに、添削してください、お願いしますってエッセイを持って行った。やだよーとか言いながら、毎日添削してくれた。

そのうち、学校にいるときはいつもムダ話するようになった。
日本に一時帰国するときは、学校の下のコンビニで一緒にビールの缶買って、行ってらっしゃい。してくれた。
英語を間違えると、いつも直してくれた
わからない単語はいつも丁寧に説明してくれた
いつの間にかラインを交換して、
いつの間にか、一緒に飲みに行くようになって、
いつの間にか、毎日一緒にランチするようになった。
パーソナルステイトメントの添削もしてくれた。
寮に入れないことを相談したら、カーディフの近くに住むお母さんを紹介してくれた。
Tier4のビザがタイで申請できないことを知って学校に行った日は、ロブに抱きついて大泣きした。

いつの間にか、人生相談や恋愛相談にいつも乗って励ましてくれるようになった。
大学院でコースを辞めたくて悩んでいたときは、真っ先に電話して相談に乗ってくれた
いつの間にか、兄のような存在になった。大げんかもたくさんしたww

実はブログには書けないもう一人キーパーソンがいて、
その人はロブ以上に私を助けてくれた/くれているのだけど。

とにかく、ロブとその人の影響もあって、イギリス人のことを大好きになった。
二人がいたから、イギリスの大学院に行けたし、二人がいたから今の私がある。

私はラッキーだったねという人もいると思うし、それも真実だと思う。
語学学校では、嫉妬されて、先生が一人の生徒を特別扱いするのってどうなんですかって上層部にチクられたりもした。

でも、努力の甲斐もあって、日本人なのにタイのウォールストリートの代表に選ばれて、新しい教材をタダで使わせてもらって、そのフィードバックをアメリカの本社までスカイプでしたりなんかもした。

でも、こういうのって全部、ロブとその人が、私が毎日朝から晩まで英語を必死で勉強して、毎日エッセイの添削をしてと泣きついて、毎日彼らの会話を、意味がわからないなりにも隣で必死に盗み聞きしていて、そういうところを見ていてくれたところから始まった。

というかまあ、仲良くなった後によく、凄まじかったとか、狂人だとか言われたw

だから、人は死ぬ気で努力をすれば、周りは絶対にサポートしてくれるし、夢は叶う方向に動き出すんだよね。

人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない

これは、昔アルバイトをしていた幻冬舎の社長、見城さんが言っている言葉だけれど、
まさにこの通りだった。自分の努力を見てくれている人って必ずいて、その人たちは、すごく強力な支えになってくれることが人生には、往々にしてある。

初めて大学院からオファーが出た時は、手が震えて、学校で叫んで走ってふたりに報告しに行った、
第一志望のカーディフのオファーが出た時は、嬉しくて嬉しくて、人生でこれ以上に嬉しかったことなんてないと思った、
最後に、と思って受けたIELTSの結果が7.0だった時は思わず涙が出た、
ビザが下りた時は、ガッツポーズで喜んだ、
カーディフで苦しかったけど、卒論を提出した時は、ついにやりきったんだなあと感慨深くて、カーディフの街をヒマンシュと手つないで、スキップして回った。

いいことばっかり書いたけど、いいことの10倍くらいは苦しいことがたくさんあって、嬉し泣きの50倍くらいは悔し泣きをした。

すごく長いブログになったけど、今日の同期の合格を知って、
ああ、やっぱり、自分っていう人間を変えるくらいの苦しみと、それを乗り越えた時の喜びとか幸せを、これからも味わっていきたいなって思った。隣で、それを実現されちゃ、たまんないよな。

とにかく今日は、本当におめでたい日。
なかなか合格が出ない中、あまり弱音を吐かずに(会社の愚痴は言ってたけどw大学院出願の愚痴は一切言わなかった彼女)、コツコツと努力を続けた彼女の勝ちでした。

おめでとう。2年間、頑張ってこいよー!
私も、後に続きます。



2/24/2018

転職活動で気がついたことと、通訳の話。


こんばんは。
風邪を引いているはりぼうです。

今日は、タイトル通り、転職活動の進捗情報と3月にする通訳の話を。
昨日から喉が痛くって、調子悪いなーと思っていたら、案の定、今朝は悪化していました。

アルバイトをお休みする連絡を入れ、今日はゆっくり。
風邪を引いた原因は、溜まりに溜まった疲れで免疫が下がっていたことにあるのかなと。

最近、転職活動の面接をコツコツとこなしています。(とはいえ、実際に受けたのはまだ一社とかw)
まだ社会人4ヶ月ほどの私なんかに、面接の機会をくださる企業さんが結構いることに驚いています。

今日のブログでは、最近受けたある会社の面接の話をします。
私は、日本の学部を卒業する時にがっつり就職活動をしました。
そして、大学院卒業の時も就職活動をしました。

おそらくこれまで、述べ50〜100回くらいの面接をしてきたと思います。
でも、今回みたいに素敵な面接官にはあったことがなかったので、共有したくてブログを書いています。

ある日、某転職サイトにて、ある会社からオファーが来ました。
プライベートオファーという、結構丁寧なオファーだったので、知らない会社だったけど受けてみることに。

今週、その一次面接に行ってきました。

行ってみたら、都内の一等地にある新築の素敵なオフィスで、ちょっと圧倒され。
仕事の関係で18時に調整して頂いた一次選考は面接・作文・適性検査で全部で2時間もあったのですが、面接官の方がとにかく素晴らしくて、最初の1時間の面接はあっという間に終わってしまいました。

中でも3点、すごいなと思ったことがありました。

①面接準備をして下さっていたことが明らかだった
②対等な立場で会話を進めてくれた
③逆質問の時間をたっぷり取ってくれた

ひとつずつ説明します。

まず、①についてです。
面接は、総務から男性と女性の方が一人ずつで計2名でした。
面接の最初に、「こういう経緯で、こういう媒体を通して弊社からオファーをさせて頂いたと思うのですが、今回は選考にお越し下さってありがとうございました」というようなことを言われました。

「ん?普通じゃない?」と思われるかもしれません。
でも、これってすごいんですよ。

私は大企業、中小企業、メガベンチャー、ベンチャー企業、ありとあらゆる規模の企業で、広告・商社・出版・保険・メーカー・ITなど様々な業界の企業の面接を受けた経験があります。

そうした経験から言えるのは、ほとんどの企業は面接対象者の情報共有をできていないということです。
これ、特にベンチャーに多いんですけが、だいたい面接に行くとはじめに、

  • 「どこから応募して頂いたんでしたっけ?」
  • 「今回の応募して頂いた職種ってこれで合ってましたっけ?」
  • 「誰の紹介で今回ご応募いただいたんでしたっけ?」
  • 「今学生さんですっけ?」
  • 「今日本に住んでいらっしゃるんでしたっけ?」

などなど、既に伝えてあるべき情報あるいは履歴書を一目見ればすぐに分かることを、再確認されることがほとんどです。

再確認って言うと、読んだ上での確認っぽいですが、
〇〇ですっけ?の〇〇がそもそも間違っていることが多いので、本当に履歴書もやりとりのメール内容も目通してないor忘れているんだなというのがほとんど。

今回の面接官さんは、既に伝えてある情報をちゃんと把握してくださっていて、
あ、この会社は"ちゃんとした"会社だなってのがすぐにわかりました。

面接の最中も、仕事内容などといった職務経歴書にある内容については、
現在は、職務経歴書に書いてあるようなことをされているんですよね?その中でこれってどういう風にやっておられるんですか?とか、職務経歴書に書いてあることは読み込んで下さっているので、"一歩先の深堀質問"をしてくださるんです。

社内での情報共有がきちんとできているだけでなく、
用意周到で無駄がなくてすごいな、っていうのが正直な感想でした。

②についてです。
これは非常に個人的な感想です。でも、多くの面接官は、応募者を、心のどこかで下に見ているなってのを今までヒシヒシと感じてきました。

面接官が"選ぶ側"であり、応募者は"選ばれる側"。
だから、質問内容が意地悪だったり、偉そうだったりしますよね。

私が実際に聞かれた質問は、父が働いている業界を受けた時に、
志望動機の時に父の影響もあることにちょっと触れたら、
「え、お父さんどこの会社?あそこ?それともあそこ?」
「てゆーかお父さんそこで何を扱ってんの?」などといったすごくプライベートかつ面接と関係ない質問されたり。

内定もらった会社で言われたのは、「正直はりぼうさんの文章じゃ、課題で要求した"PV2万"は取れないけど、育てがいはあるなと思った」とか。

でも、私が直近で受けたその会社の面接官さんは、
正直な転職理由を言ったら、「うん。それはすごくわかる気がします。」と言ってくれたんです。ああ、同じ目線に立ってくれているんだなあというのがすごく伝わってきました。

面接官の方が、本当に人間らしくて素敵な方だなあと思った。
私のことを大勢いる応募者の一人ではなく、"はりぼう"として面接してくれていると感じました。

最後に、③。
これは、逆質問の時の話。
いきたいと思っている会社の面接の逆質問で聞きたいことなんて、いくらでもあるじゃないですか。

でも、ただでさえ18時スタートにしてもらい、
面接官の方に残業を敷いている状況で、あまりたくさん質問するのは良くないのかなと思ったから、2〜3に抑えたんです。

「他に何かありませんか?」って言われて、遠慮がちに考えていたら、

「もしかしたら、入社するかもしれない会社じゃないですか。知りたいことはたくさんあると思います。僕たちはできる限りそれに答えて、疑問を解消してもらいたいので、遠慮せずになんでも聞いてください。」

というようなことを言ってくださった。
これは、本当に感動した。
こんなことを今まで言われたことがない。

とまあ、つらつら書いてきたけど、私が今まで受けてきた面接の担当運が悪かったのかもしれないので、一概に上記のことは言えませんよね。

ただ、素晴らしい面接官のいる企業があるんだなあと思ったら、嬉しくなってしまった。
ちなみに、感触の良かった1次選考は、通過済みです。

次は現場の人に会うのだけど、その人も同じマインドセットを持った人だといいなあ。
この面接で知ったのは、私の勤めている会社は全くほうれんそうができていなくて、まあ仕方ないのかな、難しいのかなと周りを見ていたけれど、実際にできている会社はあるということ。

自分の会社のダメダメなところは、仕方ないことではないということ。

あと、もう一つテーマ。通訳の話。

3月に会社の同期のお世話になったアメリカ人の教授が日本に原発の研究でくるらしく、
日本の三大新聞の一社の記者さんの取材の通訳をすることになった。

半年くらいまともに英語話していないし、もともと英語がうまい方ではないので、不安しかないけど、原発は私が卒論、そして他の課題でも積極的に扱っていたテーマなので、少しでもお役に立てるといいなと思います。

IELTS7.0なんて、全然流暢には喋れないレベルだよな。
その後の大学院で、7.5くらいにはなっているだろうが、正直本当に自分の英語を聞くたびに発音の汚さやボキャブラリーの貧困さに嫌気がさすので、怖い。

でも、こんな貴重な経験はないから、やってみたい。
どうなったかは、また後日報告します。

月曜日も他社の面接だぞー!体調良くしよう!

1/21/2018

近松心中物語(舞台)を観て思ったこと。


こんばんは。はりぼうです。
前の記事で書いた、会社の同期ちゃんがブログ見てるよー楽しみにしてるよーって声をかけてくれるおかげで、ブログの更新をするモチベになります。

今日は、新国立劇場で「近松心中物語」を観てきました。

実は、今日は忙しくて。昨日から仲良しの友人が泊まったり、昼は英語講師のアルバイトの面接があったり、そのあと24日から転勤で福岡に行ってしまう、大好きな友人に東京最後の機会で会ったりして、いろいろ考えることがあったので、ブログに書いておこうかなと。

転職活動もそうなんですけど、はりぼうはベンチャーで編集者をしているので、ご想像通り、薄給なんです。ボーナスもない。ちなみに正直に言うと、うちの会社で何よりもまず一番変えるべきなのは、ボーナスの付与を始めること、あるいはボーナスがない分月給を某クラウドカンパニーのように30万円くらいにあげることだと思う。

まあ、それは置いといて。なんの話だっけ?
ああ、そうそう、はりぼうは薄給なので、お金がたまりません。
というわけでアルバイトをしよう決めたんです。
(副業はオッケーなので、会社に内緒でとかではないです!)

最初は、普段仕事で頭を使うので、あんまり頭を使わずにできるアルバイトがいいなーと思った。それか、まかないが出て夜ご飯代を節約できる飲食店のバイトとか。
とまあいろいろ考えたんですけど、せっかく自分の時間を使うなら、お金以外にも得るものがある方がいいなという結論に達し、英会話講師に応募したんです。

そしたら!!!
「ちょっとしたお小遣い稼ぎに」
「留学経験を生かしたい」
「きっかけはなんでもオッケー☆」
とか散々門戸を広く取っておいて、実はめちゃくちゃ狭き門である英会話教室に騙されて応募してしまったんですよ。

今日、アルバイトの面接なのに、会社説明会があるというので、まあいいかと思い軽い気持ちで参加したら、まず部屋に入り、「あれ?みんなスーツwwwwww」となり。
説明会が始まったら、基本は正社員採用の選考会だということに気がつき。
しかもなんか人事の人が4人もいるwwww
普通の企業の新卒採用よりガチやん、的な。

で、会社説明を散々聞いた後は、集団面接。←これ、絶対おかしい
そのあとは、模擬レッスンをしてくださいと一人一人別の部屋に連れてかれたり。

全部で2時間ほどだったんだけど、心の中でずっと「なにこれ、新卒の就活かよ!」ってツッコミを入れていました。しかも、説明会の最中に人事の人がぽろっと言ったのが、「応募者の2%しか採用してません」の一言。

まじ、2%しか採用してないならそれを募集要項にかけよ、

その数字見たら受けてないわ。と思った。
そんなこんなで貴重な休日の2時間を無駄にし。
確実に落ちたので、先ほど地元の薬局のレジ職に応募しました(笑)

その後、大好きな友人と恵比寿でお茶を。

その友人というのは、中学の同級生で、なんとイギリス留学時にも
偶然留学時期がかぶっていて、現地でも会ったり旅行したり色々した子なんです。

留学時期がかぶっていたのは、本当に奇跡に近くて。
前の記事ブログでも触れたことのある、中学の時3年間前後に座っていた子です。

いやいや、同級生なら留学時期かぶるのってそんなすごい偶然じゃなくね?と思うと思うんで、説明しておきます。

私がイギリス大学院に行ったのは2016年の月。
日本の大学を卒業したのが2015年の3月だったので、その1年半後ですね。
同級生は本来2015年の9月から留学に行っているはずなんです。

でも、彼女がなぜ同じ時期にかぶっていたかというと、彼女は高校時代に1年フランスに留学をしていて、高校を1年遅く卒業しているんです。だから、1年ずれていて、たまたま中学の頃に前に座っていて、かつ中学に入って最初に話しかけてくれた彼女が同じ時期にイギリスに。

本当に彼女がいてくれてよかった。

話が脱線したんですけど、その彼女が福岡に行ってしまうので、
行ってしまう前に、もう一度どうしても会っておきたくて、恵比寿に行きました。
私は6時過ぎに新国立劇場まで行かなくちゃいけなかったので、5時半頃にちょっとしたバイバイをしようとしたら、本当は笑顔で彼女の門出を祝いたかったのに、涙が出てきてしまい…申し訳なかった。

もちろん彼女が大好きで大切な友人だから、簡単に会えなくなってしまうのが悲しいってのもあったんだけれど。置いていかれる寂しさも大きかったんだろうなと思ったら、自分って本当にわがままなんだなって思った。

恵比寿の駅前で「ごめんね、大丈夫。泣かないから。」って涙を必死にこらえて拭っていたら、その子は、私より全然小さい慎重なのに、「泣かないで〜」と言ってぎゅうって抱きしめてくれて、本当にいい友達を持ったなと余計涙が出てきた。

もちろんそれと同時に、悲しさもこみ上げてきた。
生まれてからこのかた、私の大切な人はいつも別の国とか遠く離れた場所にいるから。
人生はやっぱり理不尽だなと思う。そういう星のもとに生まれたのか。

人生とは何かと言われたら、基本的に私の答えは、「理不尽の連続」になると思う。

お互いがお互いを大切に思っていて、大好きで、人生の時間を共有したいと思っているって、本当に奇跡みたいなことなのに、その人たちと同じ空間・時間をシェアできないなんて、人生は理不尽だとしか言いようがない。

日本の友達とか見てても、彼氏と毎週会えたり、同棲してたり。
どうして私にはこういう身近な幸せがないんだろうな、とよく思うなあ。
で、泣きながら山手線に乗り、幻冬舎の頃のバイト仲間の子との待ち合わせ場所で「近松心中物語」の会場である新国立劇場へ。

今回、近松心中物語をみようってなったのは、実は消去法で。

三谷幸喜の舞台はまだ先だった、しかも売り切れてた。
松尾スズキの舞台も終わったばっかりだったのかな。
歌舞伎は高いチケットしか売れ残っておらず。
ミュージカルは私があまり好きじゃないので。

といった理由で決まったのだけど、結局選んだのがこの作品で本当に良かった。

主役は、堤真一と宮沢りえ。
脚本は、蜷川幸雄さんだったみたい。前に「海辺のカフカ」を観たときも蜷川幸雄さんが脚本をやっていたのだけど、当時はご健在だったので、なんだか不思議な感じがした。

で、舞台自体がどうだったかっていうと、言うまでもなく、とてもよかった。
舞台装置もすごいし、役者もうまいし、コメディ要素も入っていて、話自体も割と私は感情移入ができた。
ちなみに友人は、「心中すんなよ、私ならしない」と帰り道で言ってたけど(笑)

私は根暗だし、ネガティブだし、恋愛に依存するし、結構病むタイプなので、
「いや、あの状況で心中するのは超わかるけどな!」と思ったw

でも、私が今回の舞台を見て泣いたのは、舞台自体とか、物語が原因では全くなくて、堤真一の素晴らしさが原因だった。話自体は悲しいけど、泣くほどではなく。その代わり何がすごいって、堤真一が凄まじい。

舞台の冒頭で、堤真一が声を出した瞬間、まずもう堤真一の声が誰よりも通ることに驚いた。

私が思っていた堤真一って、テレビのイメージだったから。
まさか堤真一がこんなに素晴らしい舞台俳優さんだとは気づかなかった。
舞台の最初から最後まで堤真一の演技や、溢れ出る存在感に圧倒され続けて、最後には涙が出た。

やはり大御所には大御所と言われる所以があって、
何十年もその道一本という人は、素人の私が見てもすぐにわかるくらいに抜群にその分野に秀でていて。未だに稽古とか、何ヶ月もかけて何回も何十回も同じセリフを毎日練習して、本番も1ヶ月とかほぼ毎日公演があり。

俳優って華やかに見えて、実はすげえ過酷な職業だなと痛感した。私は、彼らの仕事にたいする想いとか向き合い方とかを想像したら、どうしようもない気持ちが溢れ出てきて、涙が出た。想像を絶するほどの大変さと、プレッシャーと、緊張感と、挙げきれないくらいに多くのものを背負っていて。自分だったら彼らのようにできるだろうか、いやあ、絶対にできないよなあとか考えちゃいました。

そんなこんなで、やっぱり演じることが好きだから何十年もこの世界に居続けられて、辛い思いも誰よりもしたと思うし、稽古も誰よりもしたと思うし、熱意や作品に対する思いも誰よりも熱いんだと思う。そしてその結果、今の堤真一があるんだなと思ったら、畏敬の念が湧いてきたと同時に、自分は果たして一体何をやっているのだろうかと問いかけずには居られなくなった。

本当に、私は何をやってるんだ。
渋谷のしがないベンチャーで編集者やって、給料も大してもらえず。
編集者という名のライターに成り下がり、好きでもない日本に住み。

私がやりたいことはこんなことじゃない。
現状をなんとしてでも変えないと、このままでは私は一生後悔する。
転職サイトに頼っていても、正解は出ないし、私が自分でやりたいことを明確に言葉にできるようになる必要があるなと。

合う合わないをやる前から悩むのはやめて、やってみようよ。と思った土曜日。

1/16/2018

転職活動の話。

2017年の11月から日本で正社員として働いている私ですが、実は就職して以来、常に転職活動をしています。

直近で面接を受けたのは、某大手通信社。

応募している会社の条件は、インターナショナルカンパニー、あるいは海外出張、転勤があったり、海外と関わることのできる仕事。

某大手通信社は、一次面接は通ったのだけど、その次の筆記試験で落ちてしまった。

筆記試験はなんと3時間プラス1時間の計4時間でした。

正直、試験を開いた瞬間に、「あ、無理だ。」と思った。

最初の問題が、「ヨハネスブルグ、リオデジャネイロ、香港の通貨をそれぞれ答えよ」だったんだけど、香港しかわからないよwww香港も実はRenminbiと迷ったしww

そもそも、ヨハネスブルグってどこの都市かわからなくて、名前から推測してドイツだと思ってEuroって答えたんだけど、南アフリカだった…。


ちなみに南アフリカの通貨はランド(Rand)、

リオはブラジルなので、リアル(Real)、
香港はおそらく皆さんご存知の、香港ドル(Hong Kong dollar)です。

一次面接も、日本語と英語の両方でされて通過していたし、英語でジャーナリズムを学んでいた(ちなみにカーディフは一応イギリスでトップのジャーナリズムスクールだし…)ということもあって、不安はあったけど、まさか試験で落ちるとは予想していなかったなあ。


試験の内容は、めちゃくちゃ難しくて、前半は特に3時間あっても終わらないくらいの問題の質と量でした。金融の専門通信社ということもあり、株価の変動や通貨の問題、編集スキルを試される問題がたくさん。


今はこんな風に軽くかけるけど、試験の帰り道は、正直ほんとーに凹んで自分の不甲斐なさにむしゃくしゃしたし、悲しかった。だって、この会社は、本気で行きたくて。だから誰にも言わずに受けていたんです。


面接での人柄とかじゃなくて、スキルと知識の不足でそのチャンスを逃してしまうってものすごくもったいないことだと思って。だから、自分のインプットの足りなさとか、普段ニュースとか読んでいるようでちゃんと読んでいなかったんだなあと思ったら、気持ちがどんどん沈んでいき。苦笑


なので、帰り道に大好きな人に、実はこういう会社を受けていたのだよーという報告をし、ラインでぐちぐち聞いてもらいました。そしたら、彼は試験内容を知って、「それってはりぼうに向いてないからいいよwww」と。なんか、人間ってとっても単純だなと思うけど、大好きな人にそう言われたら、確かにそうか!まあいいか!と元気が出たwww


そんなわけで、今もいろんな会社にちょくちょくですが応募しています。


あ、そういえば。最近、もともと好きじゃなかったある会社からずっと前に応募していたロンドンでのポジションの件で返信がきて。


「すごく遅くなってすみませんでした。電話面接をしたいので日程調節をしましょう」

という内容のものだったんです。

遅くなったことへのお詫びもあるし、ちゃんと宛名に私の名前入っているし、応募したポジションの開始日時は3月以降だったので、素直にイエエエエイと思って面接日程の調整をしようとしたら、


「すみませんテクニカルエラーでした。あなたは面接に招待されてませんので招待メールは無視してください、てへぺろー!」ってメールが来ました。


完っ全に上げて落とされたwwww



ちなみにこの企業、最近海外ではやっている大勢の女がリッチな一人の独身男性を取り合うという番組を有料会員限定に配信している某イーコマースの企業です。


日本でも新卒採用枠を受けていたのだけど、人事の対応がひどすぎて大嫌いになり

有料会員を解約したのだけれど。今回の件でさらにイメージが悪くなりました。。

転職活動を地道に続けてはいるけど、今の会社は、正直良い人が多いし、日本の会社の中では相当寛容だと思う。ひとまず恵まれているので、業務とか人間関係が辛くて辞めたいとかではないんです。


ただただ、今の会社にいたらずっとフラストレーションを抱えたまま人生の大切な時間が過ぎていってしまうなと。


年末に定めた期限まであと約300日。

その間にどうしたら日本を脱出できるのかわからないけど、今はできることをやり、企業に応募し続けるしかないかな。

私は、ライターにはなりたくないんだよな。

書くのは嫌いじゃないし比較的得意だけど、好きではない。
なので、書くことを生業として生きていくのは、どうしても嫌なんです。

現状、肩書きは編集者と言いつつ実質やっていることがライターになっていこともあり。もう一社の内定をいただいていた会社をお断りした理由は、ライター専業になりたくないからだったのに、なんで毎日朝から晩まで記事書いてるんだろう…。と思う毎日。


ところでブロガーってブログ書きにくいから、ブログをちゃんとやるにあたって、

どこか他のブログに移行しようかとかも考えています。

結構前にドメインも解約しちゃったし、どうしようかなー!

更新が続くようだったら考えよう。

ではでは。

1/01/2018

日本で働くことにした理由


前回記事でも書いたように5月の末から7月の末まで日本で卒業論文を書いていました。
で、そのあと実家のバンコクに2週間ほど帰省して、イギリスに飛びました。

もともと、タイに帰省するつもりなんてなかったので、
イギリス成田の往復チケットが…

しかもイギリス成田の往復チケットはフィンエアーで、
フィンランド経由だったので、帰りの飛行機が、バンコク、成田、フィンランド、ヒースローと言う二回乗り換えの超長旅に…

6時間半、10時間半、3時間で約20時間の飛行時間に。
さらに、カーディフに帰らないといけなかったから、
ヒースローについてからも、3時間のバスでの移動があった。

このあと、カーディフについてからの2週間くらいが、一番楽しいカーディフ生活だったな。提出まで2週間あったんだけど、周りも結構まだ卒業論文を書き終えていなくて、みんなでPostgradのラウンジに毎日行き、朝から晩まで卒論。笑


こんな感じでみんな無言で朝から晩までカチカチ…
と思いきや、みんな喋りまくり。笑
卒論書けよ!

みんなが考えているのは、夜にどこでなにを食べるかってことだけ。
集まって、卒論書いて(まあ四六時中喋っているわけではないのでさすがに)、六時くらいになると、じゃあ今日はカーディフのあのレストランでこれを食べよう!って言ってみんなでぞろぞろとレストランへ。笑

固定ではないけど基本4〜5人はいるのでタクシー使ったりもしてた。笑

なので、私はみんなが午後に起きてきてのそのそ来る前に、朝から一人で先に行って書いたました。

みんなわりと同じようにしてて、ラウンジに夕方に来て、夜中にテンション上がってくるらしく、夜中ずっと起きて家で書いている子もいたし、
Student Unioin(SU)が24時間あいたるから、他のみんなが帰ったあとに残って書いている子もいたなあ。

私はオールが嫌いなので。
で、2週間で卒論提出〜!!一緒にSUで頑張ったヒマンシュと!
ちなみにこの写真は、提出日前に撮ったやつじゃないんです。笑
ハードカバーを印刷するのに数日かかるので、本当は、提出日数日前にハードカバー製本の引換証を提出して。そのあと数日間は卒論終わった開放感に溢れて、遊び呆けている間にようやく出来上がった卒論がこれで。

なのでこれは締め切りをとうに過ぎている、ハードカバーを最終的に提出する時に撮った写真。続々と周りが卒論を終え、(中にはもうこの時期に帰国する人とかもいて)やっとみんなで課題やら卒論やらを気にかけず遊べる時が来たのがこの時期。

卒論が終わって暇で、12時頃にもう寝るつもりでベッドでぐだぐだしてたら電話かかってきて、いま家の近くのケバブ屋にいるから出てきてー!とか、呼び出され、すっぴんスエットみたいな格好で向かって、そのままウィリヤの家に泊まったり。

まるで高校生みたいなことをして、本当に幸せで楽しかった。

これは、香港人のJoとその彼氏の家で、インドネシア人のウィリヤ、中国人のジョージーナ、インド人のヒマンシュとケバブ屋さんのスペシャル肉セットを持っていき、お酒を買い込みやったプチホームパーティー。


この日はヒマンシュがカーディフを離れる日で、先に帰っちゃうというので、私は号泣。
ヒマンシュは、カーディフに来て最初にできた友達で、選択科目とかもずっと一緒で、班もうまくかぶっていて。本当に最初から最後まで一緒にいた人。

ヒマンシュには、たくさんたくさん助けられた。

一緒に良すぎて途中話すことなくて、会ってても無言だったりしたw
で、私もこの数日後に、カーディフを離れ、ちゃんと就活をするためにロブのママの家のチェプストーへ。

この時はまだいつ日本に帰るかも決めていなくて、ただただなるべくイギリスにいたかった。

で、1ヶ月間とにかくいろんな企業に応募しまくった。
とはいえ、やっぱりやりたいことはあったので、出版関係とか報道関係とか。
ビザを出してくれる会社のリストから出版社や報道関係の会社を見つけては、採用ページに飛び、電話かけて担当者名前聞いたりして、履歴書を添付。

返事が来たのは、短期インターンの一社だけ。
しかも、面接の日時を決めている最中にブチられた。

で、1ヶ月しても音沙汰がないので、いろいろなことを考え始めた。
私はどれくらいイギリスが好きなのかとか、イギリスに残りたい理由はなんなのかとか、日本に帰ったら就職口が見つかるのにとか。

で、最終的な決断として、日本に帰ることにした。
大学時代に幻冬舎で出会ってから、ずっとお世話になっている舘野さんに話を聞いてもらったり、ロブママの友人のベッツィにBrecon Beaconsに連れて行ってもらいながら今後どうしたいのか聞いてもらったり。もちろん父親にも母親にも相談した。

で、私がイギリスに残りたい理由って、たった一つしかないんだなと。
それはブログに書ける理由ではないので書かないけれど、もしそのためにイギリスに残るなら、大事なファーストキャリアを妥協して、9ヶ月を無駄にすることになっていた。

そんなこんなで、日本で働きたいから日本に戻ってきたわけではなくて、
ただただイギリスにしがみついてまで残る理由がなかったから戻ってきただけです。







12/31/2017

職場の同期に触発されて。


2017年12月31日ですね。

お久しぶりです。はりぼうです。
最後の更新から約7ヶ月。当時はちょうど大学院の授業が終わる頃で。

ブログをずっとかけていなかったのは、書くことがないわけでも
ブログに飽きたからでもなくて、ただただ大学院の授業に忙殺されていたからです。

そして、7ヶ月ぶりにブログを書こうと思い立ったのは、職場の同期の子の影響。
職場の同期に、アメリカの大学を卒業している子がいます。
同期と言えど、私が入社したのは9月に卒業してからの11月からなので、まだ2ヶ月の関係性なんだけど…。ちなみにまだ全然会話できていない…

彼女はおそらく4月から働いているのかな。
最近Facebookの友人申請が来て、許可ついでにプロフィールを見たら、彼女のブログを発見。興味本位で読んでみたら、なんだか反省とか、悔しさとか、敬意とか、嫉妬とか。いろんな気持ちが入り混じって、ブログを書きたくなりました。

イギリス大学院留学ブログなのに、途中で書くのを断念してしまい、どうなったか書けていなかったのでとりあえずは簡潔に書きたいと思います。

一時期は窓から飛び降りたいなあなんて思うくらいに辛かった授業が4月の上旬に終わり、卒業論文に取り組む時期が来ました。

私のテーマは、「東日本大震災と原発」だったので、インタビューと執筆のために日本に帰国しました。

とはいえ、日本に実家がないので、ステイする場所がなく。
中学高校と毎朝一緒に行っていた都内で一人暮らしをする友人の家に転がり込ませてもらいました。

5月に日本に向かう時に、イギリスの家の契約を終えたので、そこから11月までの半年間はホームレスをしていました。(注:ホームレスって言っても、日本にもイギリスにも住所がなかっただけで、その間は友人やロブのままの家に住み込んでいたので、路上で寝たりはしていません。)

日本での卒論のインタビューは、やっぱり向こうでやるよりずっと負荷が少なかった。
理由は3つあって。

一つには、日本のちゃんとした大人ほぼ必ず返信をくれるから。
二つ目は、日本人同士だから。
三つ目が、日本にジャーナリズム学科がほぼ存在しないから

イギリスでは、10通の取材依頼を送ったら、だいたい1〜2通だけ返事が来ます。
ちなみに半分は、お断りのメール。そのうち半分が、取材オッケーのメール。

日本だと、10通送ったら8通は必ず返って来ます。
たとえそれが有名人であろうと、教授であろうと、民間人であろうと。
日本人ってすごいな。そして、そのうち8〜9割は取材を受けてくれるっていう内容のもの。

一番驚いたのは、今外務大臣をしている河野太郎さんに取材依頼をしたら、二つ返事でオッケーをもらえたこと。私の都合がつかず、取材は実現しなかったんだけども…
ちなみに、取材依頼をした数ヶ月後に、新内閣で外務大臣に任命されたのを知った時に、すごく貴重な機会を逃してしまったんだなと心の底から反省した。

二つ目の理由は、もっと単純で。
日本語だから、丁寧に、熱意を伝えることが簡単だった。
あとは、単純に日本人同士であることへの安心感とか、助け合い精神とかあるんじゃないかなとも思う。

最後の理由は、日本の人たちは、学生から取材依頼なんて滅多にされないから、興味を持ってくれるってこと。イギリスにはジャーナリズム学部って結構たくさんあって、教授とか政治家とかはいろんな学生から毎年毎年取材依頼を受けて、うんざりしているんだろうと。

ちなみに卒論は英語なので、取材でゲットした引用文を英訳するのが結構大変だった。。。なるべく自然な英語にしたいなと思うと、結構時間がかかるし、やっぱりイギリス人が英語で取材に答えている台詞を引用した方が、ニュアンスとか伝わるよなあ…という苦労はあった。

まあ、そんなこんなで卒論を順調にこなし。
8月にイギリスに帰り、1ヶ月半ほどカーディフとか、チェプストーのロブのままの家に滞在させてもらったりして、日本に帰ってきた。

本当は、イギリスで就活も少ししたんだけど。その件についてはまた書こうと思う。
いろいろあって、10月に日本に帰ってきて、イギリスにいた頃からスカイプ等で面接を進めていた会社に実際に行き、内定を2社頂きました。

思ったより早く内定が出てしまったっていうのと、少しでも早く働き始めて社会人経験を積みたかったので、内定をもらった翌月から働くことに。
なので、11月1日から渋谷にあるベンチャーで編集者として働き始めました。

本当はボスキャリ行こうか考えたり(選考も進めていた)、
イギリスで働こうと試みたり、ブログを書いていない間に
いろんなことがありました。

また、ブログを書く上でいろいろまとめれたらなと思います。
とりあえず、卒業論文の評価は最近出て、68でした。
あと2点でDistinction(最高評価)だったのか、、と思うと結構悔やむ気持ちも大きいけど。

一度は本気で辞めようか迷った大学院。そして、一応イギリスでトップのジャーナリズムスクールをメリット(イギリスの大学院の評価は上から3段階でDistinction、Merit、Pass)で卒業。と考えると、自分を褒めてあげてもいいんじゃないのかと思う。

これから日本で生きていくつもりはないので、今後は、どうやって日本を脱出するかについてブログを書いていけたらなと思っています。

今後ともよろしくお願いします。

3/14/2017

イギリスで自家製マウスピース(Dental Guard)


お久しぶりです。
ちょうど今、マウスピースを作ったので、紹介します。

前回の鼻うがいの記事が思ったよりアクセス数を順調にあげていて、好評だったため、マウスピースの記事も需要があるんじゃないかなと、、

歯医者さんに行く時間がない方、
イギリスで歯医者さんとか怖い、
予約のプロセスとかわかんないし面倒臭い
でも、寝ている間の歯ぎしりが気になる
てかそもそも顎関節症だ
顎が痛いのか虫歯で歯が痛いのかよくわからない

なんて人向けの記事です。
ちなみに私は上の全部当てはまっています。笑

もともとずっと歯ぎしりがひどくて、朝起きると口の中の両サイドに線が浮き上がっています。(歯ぎしりの証拠)
日本の歯医者さんで何回もマウスピース作ったんですけど、数ヶ月毎になくす、落として割る。実は、前までは、割れたまま右と左で別々にはめて使っていたのですが、もう一回落として、なんと3つになってしまい、さすがに歯にはまらなくなりました。笑


日本に帰ったらマウスピース作りに行かなきゃーなんて思っていたら数日前に、
ブーツで自家製マウスピースキットを偶然見つけました。

比較的大きいブーツでしか取り扱っていないようです、。
それが、こちら。確か£10-15くらい。

DenTekという会社が出しているマウスピースキットです。
中に入っているのは、歯型のためのシリコンみたいなやつと、歯型を作るときに使うトレイ、説明書とケースの4点です。

ケースが写っていませんが、青い保管用ケースが付いてきます。



他に必要なのものは、

  • ボール状のお皿
  • 電子レンジもしくは熱湯
  • 冷たい水です。

英語で読むのが面倒くさい方のために、作り方の説明をしておきますね。


  1. シリコンのようなものを歯型トレイにはめる(反り返っている方が上になります。)
  2. とりあえず噛んでみて、歯がちゃんとハマるか確認します。
  3. 電子レンジにトレイが入る程度の水を張って、電子レンジへ
  4. グツグツ煮立ったら、取り出して10秒待つ
  5. そしたらさっきの歯型トレイをボールに入れて45秒待つ
  6. フォークなどでボールから取り出して、一瞬冷水にさらします。(1秒以下)
  7. すぐに鏡の前で、中央にあるマークがちゃんと真ん中にきているのを確かめて
  8. 噛む!!!2分ずっと噛み続けたままにしてください
  9. ゆっくり歯から外して冷水に20秒さらします
  10. トレイから取り出して、完成!
  11. (一回目で作った歯型がしっくりこない場合は、もう一回同じプロセスを繰り返してください。ただし、やり直すのは1回が限度だそうです。)
で、完成。
私自身、歯並びが悪いこともあって一回ではうまくいかず、もう一回やりました。
意外と簡単。フィット感は歯医者さんで作るやつほど良くはないけれど、日本に帰るまでの代用品とするなら、結構いいと思います。

歯並びがいい人はもっとフィット感が良いはず。。。
使用期間は半年です。

マウスピースって自分で作れるんですね、勉強になりました。
ではでは、興味のある方はぜひ、、、